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神戸地方裁判所 昭和32年(モ)870号 判決 1958年5月12日

債権者 南道助

債務者 川西淑子

主文

当裁判所が債権者債務者間の昭和三十二年(ヨ)第三〇〇号仮処分命令申請事件に付昭和三十二年七月六日なした仮処分決定は之を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は主文同旨の判決を求め其の理由として、債権者は、訴外丸野佐一が当裁判所昭和三十年(ケ)第三八五号不動産競売事件(債権者神港信用金庫、債務者川西郡治郎、所有者西播金融株式会社)において競落し代金四百二十万円を支払つて昭和三十一年十二月十二日その所有権を取得した別紙物件目録記載の建物(以下本件建物と略称する)を同月二十五日右丸野から買受けてその所有権を取得し翌二十六日所有権移転登記手続を経由した。ところで債務者は従前本件建物階下部分全部(此の坪数二十三坪三合一勺)を使用して営んでいた美容業の場所を昭和三十二年六月十八日同建物二階西側の一室に移したが階下部分も尚引続き占有を継続し昭和三十二年七月五日頃からは債権者に無断で階下を喫茶店に転用するため右階下西側出入口の人造大理石の柱、外壁並庇等を取毀し階下出入口の位置の移転、屋内改装工事に着手するに至つたので債権者は本件建物の所有権に基く債務者に対する右階下部分の明渡請求権の執行保全のため本件仮処分認可の判決を求めると述べ、債務者の抗弁事実中債務者主張の右階下部分に対する賃借権の存在を否認し、本件建物に対する前記競売事件に付同建物における賃貸借の取調を命ぜられた同裁判所執行吏本村良修はその取調の結果として賃貸借のない旨の報告をなし、又同競売に付本件建物の評価を命ぜられた山本凱信もその階下部分に賃貸借の存在を認めていないこと評価鑑定書に明であつて前記丸野佐一並同人より本件建物を買受けた債権者は孰れも該建物には賃貸借なきものと信じていたものである。のみならず債務者は本件建物の元の所有者であつた訴外川西群治郎の娘であつて本件建物に同居しているのであつて、同一建物内に同居する親子間にその居住建物の一部に付賃貸借契約をなすことは通常あり得べきことでない。仮に本件建物階下部分に付債務者主張の賃借権があるとするも、本件建物は木骨造りではあるがその外壁は『モルタル』塗、磨出しの人造大理石造で高さ八尺、幅六尺の飾硝子窓五個を取附けた華麗な建物であつて前記鑑定人も金四百二十万円と評価した程の建物であるから債務者が擅にその階下を美容室より喫茶店営業に転用するため債権者の承諾を得ないまゝに本件建物の右の様な華麗さを破壊するに至るべき外壁及窓の取毀工事を施行するは許されないところであるからその防止のためなした本件仮処分命令申請はもとより権利保全の範囲を逸脱するものではない。次に本件仮処分命令は龍野簡易裁判所が先に本件建物に付発した仮処分命令と重複し執行上不能を命じたものとして失当である旨の債務者の主張に対し、申請人西播金融株式会社、被申請人川西群治郎間の本件建物に対する仮処分命令申請事件に付龍野簡易裁判所が債務者主張の仮処分命令を発し該命令がその主張の日に執行せられ、債務者が右仮処分決定に対する承継執行文を得て右執行を継続していることは之を認める。しかしながら凡そ仮処分命令の効力は相対的なものでありその執行に何等かの公示がなされたからといつて絶対的効力を有するに至るものではない。ところで龍野簡易裁判所の発した前記仮処分命令(以下第一次仮処分と略称する)は被申請人を訴外川西群治郎として同人に対し発せられたものであるから該命令の効力は本件仮処分命令の債務者たる川西淑子には及ぶものでない。そしてまた仮処分命令の執行に付ては執行吏のなす係争物件の保管は仮処分の目的達成のため国の執行機関たる地位に基いてなす公法上の占有であるから第一次仮処分命令により執行吏が訴外川西群治郎に対する関係において本件建物の占有保管をなしても債務者の本件建物に対する私法上の占有の成立を妨げず加之債務者が本件建物の階下部分を第一次仮処分執行以前から占有使用していることは債務者の自ら主張する通りであるから更に債務者に対し執行吏をして債務者占有部分を保管せしむる本件仮処分命令を発してもこれを以て不能を命じたものとなすことはできない。また本件仮処分命令は債務者に対し本件建物階下部分の外壁及窓の取毀禁止を目的とするものであるから第一次仮処分命令とはその当事者並保全行為の内容、保全の目的並保全の実益を異にするものであつて第一次仮処分命令の先行の故を以て本件仮処分命令が許されないものと解することはできないから債務者の右主張は失当であると述べ、疏明として甲第一乃至第四、第六乃至第九号証、第五号証の一乃至三、並検甲第一乃至第三(何れも写真)を提出し、証人丸野佐一の証言を援用し、乙号各証の成立を認め乙第一号証の一及三を援用した。

債務者代理人は主文第一項掲記の仮処分命令を取消す、債権者の仮処分命令申請は却下するとの判決を求め答弁として、債権者が訴外丸野佐一より同人が当裁判所昭和三十年(ケ)第三八五号不動産競売事件において競落取得した本件建物をその主張の如く買受けて所有権を取得してその旨登記を経たものであることは之を認める。しかしながら本件建物は元債務者の父たる訴外川西群治郎の所有であつた当時債務者がその階下全部二階の中六坪並三階の六畳及四畳半二間を右群治郎から賃料一ケ月金二万円毎月末日支払の約定で昭和二十八年十月以降期間の定なく賃借し右階下に於て『ウエルフエアー』美容室を経営して来たものであり、債権者は本件建物の所有権を取得するに因り債務者と群治郎間の前記賃貸借契約に基く賃貸人の地位を承継したのであるから債務者は債権者に対し右賃借権に基き本件建物階下等を適法に占有するものである。そして債務者はその父たる前記群治郎より独立して特別の資格を要すベき美容室経営をなし該営業のために本件建物階下部分を使用しているのであつて右営業の種類自体に徴し父娘間の賃貸借契約に基くことは自ら明なところである。のみならず本件建物に対する前記競売事件に付該建物の評価鑑定を命ぜられた山本凱信作成の昭和三十一年二月二十九日附評価書には既に本件建物の現状として債務者がその一階において美容室を営んでいることが記載せられてあつたから競落人たる訴外丸野佐一並同人より転買した債権者は共に右記載を閲覧知悉している筈であり右記載に依れば債務者において本件建物を賃借している事実を認め得るところである。ところで当初債務者と訴外川西群治郎間に締結せられた本件建物の賃貸借契約においては目的家屋の用途に付ては特段の制限を定めず債務者はその欲するがまゝに営業のため使用するを妨げないものとせられていたのであつて、債務者が自ら賃借建物の保存行為をなしまた該建物に営業上必要な改造を施すことも亦債務者の自由に委せられていたのであるから債務者が本件建物に対しその価格を増加すべき債権者主張の如き修繕行為をなすに付債権者より禁止を命ぜらるべき理由はないから本件仮処分命令は失当である。又本件建物は戦後の粗悪な材料を使用して建築せられているため近来の豪雨に因りその外壁は勿論内部床下、天井が脱落、浸水若くは腐蝕し生活上、営業上耐え得られない状況になつたので債務者自ら建物の改善補修の目的で債権者主張の様な改修工事をなしているのであるから、債務者をして天災に因る斯る急迫せる危険状態の裡に事態を放置するか、或は之に対し危害予防方法を構じようとすればその都度一々事前に債権者の承諾を得なければならないものとするに帰する本件仮処分命令はその本来の必要の程度を超えたものとして不当と謂うべきであるのみならず、債務者が現に施行中の改修工事はむしろ本件建物の価格を向上せしむべきものであるからそれにも拘らず右工事を禁止せんとする本件仮処分命令は専ら債務者の営業及生活に不当の制限を加え損害を蒙らしむる結果を敢てせんとするに帰するからこの点においても既にその必要の程度を超えたものとして取消を免れないところである。

また本件建物に付ては前記競売に先立ち訴外西播金融株式会社を申請人とし訴外川西群治郎を被申請人とする龍野簡易裁判所昭和三十年(ト)第八号不動産仮処分命令申請事件に於て同裁判所は同建物に対する被申請人の占有を解除して執行吏をして之を保管せしめる旨の仮処分命令を発し該命令は昭和三十年八月八日執行せられたから之に因り爾後本件建物の占有は執行吏に属するに至つた。そして債権者は右仮処分申請人の承継人として昭和三十二年九月十九日右仮処分決定に付承継執行文の付与を受けて本件建物に対する右執行を継続しているのであるから更に債権者の新なる申請を容れ執行吏に本件建物の保管を命じた本件仮処分命令は既にその執行の余地なく不能を命じたものか若くは先行仮処分命令と重複する無効な命令であつて取消さるべきものであると述べ疏明として、乙第一号証の一乃至七、第二号証、第三号証の一乃至四、第四号証の一、二を提出し証人浜米一、立石千代子及北村喜一郎の各証言並証人川西群治郎の証言(第一、二回)を援用し、甲第一乃至第四、第六乃至第九号証の成立を認め甲第六乃至第九号証を利益に援用し、その余の甲号証及検甲第一乃至第三号証の成立は孰れも不知と述べた。

理由

債権者が訴外丸野佐一から、同人が当裁判所昭和三十年(ケ)第三八五号不動産競売事件(債権者神港信用金庫、債務者川西郡治郎、所有者西播金融株式会社)において競落し代金四百二十万円を支払つて昭和三十一年十二月十二日その所有権を取得した別紙物件目録記載の本件建物を同月二十五日買受けてその所有権を取得し翌二十六日所有権移転登記手続を経由したこと、債務者が美容師の資格を有し本件建物の階下部分全部(二十三坪三合一勺)を使用して始めは美容室を営みその後喫茶店を開業して引続き之を占有することはいづれも当事者間争なく、成立に争ない乙第一号証の四乃至七、第三号証の一乃至四、第四号証の一及二証人川西群治郎の第一、二回各証言、証人立石千代子、浜米一並、北村喜一郎の各証言によれば債務者が昭和二十八年頃当時本件建物を所有していた訴外川西群治郎から本件建物一階全部並二階の一部をその経営する美容院営業に使用するため賃料一ケ月金二万円毎月末日支払と定め期間を定めず賃借する契約を締結したことが疏明せられ、右疏明を覆すに足る反証はない。成る程成立に争ない甲第四号証及第六号証並証人丸野佐一の証言により成立の真正を認め得る甲第五号証の一に依れば前記競売事件において競売裁判所より競売の目的たる本件建物に付賃貸借の取調を命ぜられた執行吏が取調の結果として本件建物に賃貸借なしとの報告をなし訴外丸野佐一は右報告に基き賃貸借なき建物として之を競落し、又該競売事件に付本件建物の評価を命ぜられた鑑定人山本凱信作成の評価書にも本件建物に付賃貸借の存することを積極的且明確に認識し得べき記載は存しないけれども前記競落人丸野佐一が競落後訴外川西群治郎に本件建物を求めるや同人は本件建物に福島某外数名の賃借人が居住する旨申立てて明渡を拒み、又前記執行吏の賃貸借取調の結果報告後日を経ずして提出せられたことその日附に徴し自ら明な前顕甲第六号証(評価書)には本件建物の一階は美容室で債務者が経営し三階を貸間して川西群治郎が敷金十万円を受取り賃料月額六千円なる旨聞知したことが記載せられているに考えれば執行吏の前記賃貸借の取調結果報告は到底採つて以て本件建物階下を債務者が賃借していた事実を否定するに足る資料とはなし難い。そしてまた債務者が訴件川西群治郎の娘であることは当事者間争ないところであるが債務者は自ら前記美容室の経営主であり本件建物階下を美容院の営業場所として使用していることは前示の通りであるから本件建物階下部分は右美容院営業の物的施設の一として美容営業の構成要素とも謂うべきものであるから偶々該営業の主体たる個人と、営業の物的要素となつている物の法律的帰属主体との間に親子等の身分関係が存在するからといつて営業えの物的要素の結合組織が常に必ず明確な法律形式をとるものでないと断定することはできない。何となれば一定の営業を企劃遂行する場合においてはその主体が法人である場合はもとより常に必ず、たとえ個々の自然人である場合においても該主体は該営業の組織並その目的遂行の活動のいづれの面においても先ず経済人たる性格において現はれるのが常態であつて身分関係として本来処理せられるに適しない生活関係だからである。従つて債務者と訴外川西群治郎間に親子関係が存在するの一事を以て両人間に本件建物の賃貸借契約が存在しないものと認定すべき徴憑となすを得ない。

ところで成立に争ない甲第三号証に依れば本件建物に対する前記競売事件の基本たる抵当権は昭和二十八年十月三日契約を以て設定せられ同月八日その旨の登記を経たることが明であるところ よつて債務者と訴外川西群治郎間の前認定の本件建物階下等の賃貸借の締結の日時に付ては債務者の全疏明資料を以てするも果して右美容室営業に本件建物階下部分を利用し得べき権原たる賃貨借契約が前認定の抵当権設定に先立つて既に成立し且引渡をも了し因て該抵当権実行による競落人に対抗し得べき賃借権を債務者が取得していたか否かの点については之を肯定するに足りる疏明はない。却て成立に争ない乙第一号証の四によれば債務者か本件建物において営む美容所について所轄保健所長の営業許可がなされたのは昭和二十九年二月一日であつたことが明であるから債務者は本件建物の賃借権を以てその競落人たる丸野佐一並丸野より本件建物を買受けた債権者に対抗するを得ないものと謂わねばならない。蓋し抵当権が実行せられ目的物が競落せられるときは競落人は抵当権設定当時の状態における目的物を取得するものであつて、抵当権設定に先立ち存在する用益関係は抵当権に対抗し得べき要件を具備したる場合においてのみ競落人に対抗し得べく、抵当権設定以後に創設せられた用益関係は原則として消滅せしめられて競落人に対抗し得ざるに至るからである。或は賃貸借の目的物件に対する所有権に変動が生じた場合において右説示の如き法律上当然の賃借権の対抗力としてではなく所有権変動に伴い当事者間に賃貸人の地位の承継がなされ此の承継に基き賃借人は爾後新所有者に対し従前の賃貸借契約の内容に従い権利義務を有するに至る場合も考えられるけれども斯る賃貸人の地位の承継は必ず新旧所有者間の地位の譲渡承継を目的とする意思表示の効力として生ずべきものであつて決して目的物件の所有権変動を要件事実として生ずる所有権変動に伴う必然的効果と解すべきものではなく、唯右意思表示が明示たることを要せず黙示を以ても足り加え通常黙示の意思表示と認むべき場合が稀でないと謂うだけである。即ち形式的若くは明示的には賃貸借物件の所有権変動の行為のみが存する場合においても新所有者において賃借人に対し賃料を請求し或は賃料の値上を交渉する等の行為をなすならば茲に黙示の合意を認め得べく此の合意の効力として新旧所有者間に賃貸人たる地位の移転承継を生ずるものと謂うべきである。而して本件建物の競落前の所有者たる訴外川西群治郎と競落人丸野佐一の間並丸野佐一と債権者との間に夫々債務者と川西群治郎間の前認定の賃貸借上の賃貸人たる地位の譲渡を目的とする明示又は黙示の意思表示のなされたことを認むべき疏明なく、もとより単に目的物件に付前主と第三者間に賃貸借の存在する事実を知つていたとの一事を以て黙示の意思表示のなされたものと認め得べき限りでない。

ところで本件建物が木骨造りの建築ではあるが外壁は『モルタル』塗磨出しの人造大理石造で高さ八尺、幅六尺の飾硝子窓五個を取附けた華麗な建物であることが成立に争ない甲第六号証、及乙第一号証の二及三並証人丸野佐一の証言により真正の成立を認められる検甲第一号乃至第三号証により疏明せられ、債務者が昭和三十二年七月五日頃から本件建物階下西側出入口の人造大理石の柱、外壁並庇等の取毀、階下出入口の位置の移転、屋内改装工事等に着手したこと並右工事施行に付債務者が債権者の承諾を受けず無断で開始したこと当事者間争ない。債務者は本件建物を目的とする訴外川西群治郎との賃貸借契約を援用し該契約の内容に従い敢て右工事施行に付債権者の許可承諾を要せずと主張し又該工事により本件建物の価格の増加をこそ生ずるもその低下を来す如きことはないから所有者の承諾を要しないと謂うけれども債務者、川西群治郎間の賃貸借の債権者に対抗し得べからざること前示の通りであり又たとえ客観的には財産の価格を増加向上せしむべき有益行為と蝟もその所有者の意思を顧みず所有者に無断にて紊に他人所有の財産に加工することの許されないことは言うまでもないところであつて加之債務者の右工事の結果本件建物の価値が増大するものと認めるに足る疏明はない。又債務者は右工事が豪雨等に基く本件建物内外の破損に因る急迫の危難を避けんとする生活上、営業上の必要に迫られたものであつて右工事の中止に依り上、営業上重大緊急な損失を蒙ると主張するけれども右主張を肯認するに足る疏明はなく却て成立に争ない乙第一号証の七、証人丸野佐一の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一及三並前顕証人浜米一の証言によれば右工事は債務者が従前美容院経営に使用していた本件建物階下部分を改造改装して喫茶店に舗に使用する目的を以て之を施行したものであり債務者は昭和三十二年八月十日附を以て所轄保険所長より営業許可を受けて本件建物階下において茶房リツツを開業するに至つたことが認められるのである。而して以上を綜合すると債権者の本件建物に対する所有権に基く債務者に対する本件建物階下部分の明渡請求権は疏明せられ且債務者に対し之が保全の必要あることも亦明であるところで債務者は右保全処分を命じた原決定が本件建物階下部分に対する債務者の占有を解除し執行吏の保管に附する旨定めた点に付、本件建物全部に付先に訴外西播金融株式会社を申請人とし訴外川西郡治郎を被申請人とする龍野簡易裁判所昭和三十年(ト)第八号不動産仮処分命令申請事件に於て同裁判所は同建物に対する被申請人の占有を解き執行吏に之を保管せしめる旨の仮処分命令を発し該命令は昭和三十年八月八日執行せられ、債権者は右仮処分申請人の承継人として昭和三十二年九月十九日右仮処分決定に対し承継執行文の付与を受け本件建物に対する右執行を継続しているのであるから更に債権者の新なる申請を容れた原決定が執行吏に本件建物の保管を命じたのは既に執行の余地なく不能を命じたもので無効と主張する。そして、龍野簡易裁判所昭和三十年(ト)第八号不動産仮処分命令申請事件に付同裁判所が債務者主張の趣旨の仮処分命令(以下此の命令を第一次仮処分と略称すること前記の例に同じ)を発し該命令が債務者主張の日に執行せられたること並債権者が承継執行文を得て債務者主張の如く右仮処分執行を承継したこと当事者間争ない。しかしながら、第一次仮処分と本件仮処分とを対置考察するに右二個の仮処分は共に本件建物をその対象として発せられたものである点を除けばその間に何等相関連競合するところはないと謂はねばならない。即ちまず仮処分命令自体に付て観れば、第一次仮処分の保全権利は訴外川西群治郎に対する債権者の本件建物所有権に基く明渡請求権であり、本件仮処分においては債務者川西淑子に対する債権者の本件建物所有権に其く明渡請求権であつて、いづれも同一物に対する所有権に縁由するとはいえ請求権としてはその相手方を異にする限りは厳として各々独立別異の権利であることは明であり唯その態容が共に相手方たる者の家屋明渡なる同種の給付を目的とする点において相似るというにすぎない。次に保全の必要に付考えるかに、およそ請求権の執行保全の必要性の存否その態容は、若し該請求権にして特定物の引渡を目的とするものである場合には、専ら該物件に対し又は之に関する請求の相手方たる特定人格の従前及現時の行動との相関関係に於てのみ具体的に決定せらるべきものであるから請求の相手方が別異なるに従つて保全の必要も夫々独立別個に発生存続することになるから請求の相手方を異にする第一次仮処分と本件仮処分とは保全の必要に関しても相関連するところはない。そうすると右両個の仮処分命令は先ずその要件において夫々独立別異のものであること明である。ところで右二個の仮処分命令自体を対比すれば共に各債務者の本件建物に対する占有を解き債権者の委任した執行吏に保管を命ずべき旨の表現形式を採つている(尤も厳密に言えば、二個の仮処分命令は相共に同一の建物たる本件建物を目的とすると雖も第一次仮処分命令の対象とするのは本件建物の全体であり、本件仮処分命令の対象は同建物の階下部分のみであるとの差異は存するが此の点は暫く措く)けれどもそれは単に異る相手方に対する別個独立の二個の裁判の内容が唯その態容を抽象的に観察した場合偶々相似形態を採つたというだけのことであつて、もとより二個の裁判が相互に内容的に競合関係に立つ結果を惹起するものではない。何となれば執行保全手続も亦民事訴訟手続の一種であるから該手続における裁判たる保全命令は唯飽迄当該手続当事者間においてのみ相対的な法律状態をもたらすに過ぎぬからである。次に執行の段階に関して第一次仮処分と本件仮処分とが果して相関連し競合して牴触すべきものなりやに付考えるのに、右二個の仮処分命令がいづれも相手方の本件建物の全部又は一部に対する占有解除執行吏保管を命じていること前記の通りであるが、右命令の執行に依り排除せられるのは彼は訴外川西群治郎、此は本件債務者たる川口淑子なる夫々独立別個の人格の各独立別個の占有である。換言すれば夫々川西群治郎又は川西淑子の各独自の占有を暫定的に排除し且つ右両名の各々との関係において夫々その占有を排除した事実上の状態を継続することを以て右両名を別個独立に相手とする別個の請求権(存在は別個であるがその具体的態容は共に本件建物の所有権に基く明渡請求権であること、但しその範囲に付建物の全部と一部の差のあること前記指摘の通り)の執行保全の目的を達すべき方法と定めた仮処分命令の各内容の事実上の実現が各仮処分債務者の占有解除を命じた点の執行ということに外ならない。そうすると此の範囲においては右二個の仮処分命令がその執行において競合牴触することはあり得ないものと謂はねばならない。

次に一般に仮処分命令において債務者の占有を解いた係争物件を執行吏又は第三者に保管を命じたる場合の意義及執行吏のなす保管行為の機能を考えると、係争物件に対する仮処分債務者の従前継続していた占有が暫定的にせよ現に排除せられるや、引続きその占有が排除せられている事実状態の維持を執行吏若くは当該事件に付特に保管人とせられた第三者に命ずることに外ならないと解せられ、執行吏が保管に任ずる場合においても国の執行機関として国の執行権能に基く独自の職務権限の発動としてなすものと解すべきものでないから、当該手続の相手方当事者たる仮処分債務者毎に個別的に生起する相対的事象と謂はねばならない。そうだとすれば此の場合の執行吏保管も仮処分債務者を異にする限り彼此相関連牴触するものと認むべき理由はない。

第一次仮処分と本件仮処分とはその命令身体においても又その執行に関しても何等矛盾牴触の不当を包含するものでないこと明であつて此の点に関する債務者の主張も亦採用し得ないところである。

然らば債権者が本件建物の所有権に基き債務者に対する該建物階下部分の明渡請求権の執行保全のためなした本件仮処分命令申請は理由あり、右申請を認容した本件仮処分命令は維持するを相当とするので之を認可し、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 日野達蔵)

目録

神戸市生田区栄町通二丁目十二番地の一地上

家屋番号六番の二

一、木造亜鉛鋼板葺三階建店舗兼居宅一棟

建坪 二十三坪三合一勺

二階坪 二十三坪三合一勺

三階坪 二十坪二合六勺

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